最高裁判所第三小法廷 昭和55年(行ツ)32号 判決 1980年8月26日
上告人 株式会社 三香堂
右代表者 佐々木啓二
右訴訟代理人 小谷悦司
被上告人 株式会社 大塚製薬工場
右代表者 大塚芳満
右訴訟代理人 吉原省三 外二名
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人小谷悦司の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 横井大三 裁判官 伊藤正己 裁判官 寺田治郎)
上告代理人小谷悦司の上告理由
一、原判決は、本件商標「ワイキキパール」を「ワイキキ」と「パール」の結合商標であること、および「ワイキキ」が香水等の化粧品に関して産地販売地表示であることを各々認めた上で(第20帖表9行~10行、および第21帖表11行~同裏6行)、『しかしながら、右事実は、普通に用いられる方法で表示された「ワイキキ」のみからなる商標が、香水等の化粧品に関して、識別力がないというにとどまり、「ワイキキ」と「パール」が調和ある結合をした本件商標「ワイキキパール」が不可分一体のものとして把握され、自他商品識別力を有するという前記の認定を妨げるものではない』として、本件商標「ワイキキパール」と引用商標「パール」とが非類似であると認定している。
しかしながら、この認定の趣旨からいけば、先登録商標の前または後に産地販売地表示を同じ書体、同じ大きさで等間隔に一連に書していさえすれば、もはや先登録商標と非類似ということになり、かゝる認定はパリ条約の規定の趣旨に悖ると共に、わが国における商標類否判断の原則を全く無視した違法な判断といわざるを得ない。
現行パリ条約には、原産地表示に関して、第六条の五B項第2号及び同第3号、ならびに第一〇条(1)に次のように規定されている。
第六条の五B この条に規定する商標は、次の場合を除くほか、その登録を拒絶され又は無効とされることはない。
(中略)
2 当該商標が、識別性を有しないものである場合又は商品の種類、品質、数量、用途、価格、原産地若しくは生産の時期を示すため取引上使用されることがある記号若しくは表示のみをもつて、若しくは保護が要求される国の取引上の通用語において若しくはその国の公正なかつ確立した商慣習において常用されるようになつている記号若しくは表示のみをもつて構成されたものである場合。
3 当該商標が、道徳又は公の秩序に反するもの、特に、公衆を欺くようなものである場合。
第一〇条 (1) 前条(商標・商号の不法付着の取締)の規定は、産品の原産地又は生産者、製造者若しくは販売人に関し直接又は間接に虚偽の表示が行われている場合についても適用する。
第六条の五B項第2号には、「当該商標が……原産地表示のみをもつて……構成されたものである場合にはその登録を拒絶され、無効とされる」と規定されているが、同第3号には、「当該商標が……公衆を欺くようなものである場合にはその登録を拒絶され無効とされる」と規定され、この公衆を欺く場合の具体例として「地理的産地について誤認をもたらすような表示を含む商標にも適用される(参考資料1、ボーデンハウゼン教授著註解パリ条約第一〇七頁~第一一一頁参照)」と解されている。また、第一〇条(1)には、産品の原産地に関し直接または間接に虚偽の表示が行なわれている場合の取締を規定している。かゝるパリ条約の規定の趣旨からみて、産地表示は、産地表示のみからなる商標はもちろんのこと、産地表示を含む商標、産地を間接的に表示する商標も、拒絶または無効、あるいは取締りの対象としていることが明らかである。さらに、現在審議が進められているパリ条約の改正案では、第一〇条の四の新設提案の案文において「(1)、同盟のある国において産出しない産品に関し、その国又はその国の地方若しくは土地を直接又は間接に暗示する地理上又は他の表示を含む商標の登録を、その産品についてのその表示の使用が真正な原産国に関し公衆を誤認させるようなときは「拒絶し又は無効にすること。」さらに、「(2)、(1)の規定は、その産品を産出する国、地方又は土地に関する地理上の表示が真正であつても、その産品が他の国において産出すると誤つて公衆に思い込ませる地理上の表示にも適用する。」と規定されており、産地表示は、産地表示のみからなる商標はもちろんのこと、地理上の表示を含む商標をも登録を拒絶し、無効にすることを現行条約よりも一層明確化する方向で審議されている(資料2、昭和五四年八月一三日特許庁発行「パリ条約の改正について」参照)。したがつて、原判決は、地理的名称を含む商標の禁止を明確に打ち出している世界的動向にも反するものである。
また、原判決は、わが国の特許庁、裁判所が永年積み上げてきた商標の類否判断の原則を全く無視している。すなわち、先登録商標の前または後ろに、地名、場所、氏名、商号の略称を単に結合したにすぎない商標は、その先登録商標と類似するというのが、従来の特許庁、および裁判所において、取られてきた類否判断の原則である(参考資料3、網野誠著「商標」参照)。たとえば、「Holly-wood shine ハリウツド シヤイン」と「Shine シヤイン」(東高判昭37・6・19昭和36年(行ナ)第一一二号、審決取消訴訟判決集三九六)、「高砂ミクロン」と「明色ミクロン」(東高判昭47・11・28、昭47(行ケ)一三、同一三五九)「バスドン」と「パストーン萬有」(東高判昭44・7・22、昭和43(行ケ)二八、同一〇〇五)、「SUNTOKYO サントーキヨウ」と「SUN サン」(審決昭41・12・23、昭38審四二三一)「ジヤンボハワイ」と「JUMBO ジヤンボー」(審決昭50・8・8、昭48審八一〇二)等数多く存する。
叙上のとおり原判決は、パリ条約の規定の趣旨に反すると共に、審決例判決例によつて確立されている商標類否判断の原則を無視する違法な判決であり、破棄されなければならない。
二、原判決は、「ワイキキ」と「パール」のいずれに軽重があるものでもないと認定しているが(第20帖裏3行~同4行)、「ワイキキ」が本件商標の指定商品化粧品に関し、産地販売地表示であることが明確である(昭和五三年(行ツ)第一二九号最高裁判所昭和五四年四月一〇日判決、判例時報No. 九二七、第二三三頁)以上少なくとも、「ワイキキ」が「パール」に比し、識別力が低い事実は否定し得ない筈である。してみれば、本件商標「ワイキキパール」は「パール」部分に要部があるといわねばならない。
三、原判決は、「パール」の前または後に他の言語を結合せしめた商標が、同一の指定商品について、引用登録商標とは別個独立に、第三者、ならびに上告人自身が多数登録を受けている事実を挙げ、『多数の右各登録商標が類似の点を問題とされることなく、併存しているところをみると、化粧品等のこの種指定商品の取引者需要者間においては、ひろく、引用A商標の出願前後から現在に至るまで、前記各登録商標にみられる構成の商標に接する場合、全体を不可分一体のものとして把握することにより、それぞれ十分に自他商品の識別をしているものとするのが相当である。』と認定している。
しかし、この事実の背景には、次のような事情が存する。すなわち、指定商品化粧品に関し、「パール」商標が特許庁において二重に誤つて登録されている事実、およびその結果、引用A商標「パール」に、当然類似する「パール〇〇」、「〇〇パール」といつた「パール」の前または後に顕著性の低い言葉を結合した商標を引用「パール」商標の連合商標として上告人自身特許庁へ出願しても、第三者の有する他の「パール」商標とも類似するということになり、連合商標の蹴り合い理論(同一、または類似の商標がダブつて登録されているときは、相互に類似する範囲にある商標については、たとえ連合商標であつても相互に登録を認めないとする考え方、参考資料4参照)によつて、登録を受けることができないという事情が存するのである。
信じられないことだが、「パール」の如き単純明解な商標が、指定商品化粧品に関し、特許庁において誤つて二重に登録されているのである。本件引用A商標(登録第三九三一三四号商標)は、昭和二五年十月二四日登録第一八六二六五号商標「PEARL パール」(以下、先行甲商標という。)及び登録第三〇二四九二号商標「PEARL WAVE」(以下、先行乙商標という。)の連合商標として上告人会社の先代社長佐々木梅治、及びその共同経営者渡辺富造、両名の個人名義で指定商品旧第三類香料及び他類に属せざる化粧品に関し、登録されたものである(原審乙第三号証、乙第四号証参照)。そして、前記先行甲商標(登録第一八六二六五号商標)は、大正十五年十一月二日に訴外、合資会社吉井製油所名義で指定商品旧第三類香料及び他類に属せざる化粧品に関し、登録され、訴外中島広名義を経て、昭和十一年七月七日上告人会社の前身である合資会社三香堂の名義となつたものでかつ、昭和二十一年十一月二日期間満了に至るまで適法に存続していたものであり(原審乙第七号証、乙第八号証参照)、また、同先行乙商標(第三〇二四九二号商標)は、昭和十三年五月二十日、上告人会社の前身である合資会社三香堂の名義で指定商品旧第三類香料及び他類に属せざる化粧品に関し、登録を受け、戦時中、一時、会社関係者の個人名義となつていたが、戦後上告人会社の先代社長佐々木梅治とその共同経営者の名義となつていたもので、昭和三十三年五月二十日期間満了により消滅するまで適法に存続していたものである(原審乙第五号証、乙第六号証参照)。ところで、訴外太陽堂製薬株式会社所有の登録第三六五〇二〇号商標は、前記先行甲商標、及び同乙商標の存続期間中である昭和二一年六月二十四日に、指定商品旧第三類香料及び他類に属せざる化粧品に関し、先行甲商標、乙商標とダブつて登録されたものである(原審甲第九号証ノ一及び同号証ノ二参照)。
しかし、上告人会社の製品中、「パール化粧品シリーズ」の商品は、「パール」商標を「パール化粧品シリーズ」の凡ての商品にハウスマーク的に使用し、さらに「パール化粧品シリーズ」中の具体的商品毎に、たとえば、洗顔クリームには「パールフルーリ」、整肌用化粧水には「パールタツチ」、ヘアースプレーには「パールウエーブ」等「パール」の前又は後に他の言葉を結合せしめた個別商標を付すことによりパールシリーズ商品群中の具体的商品に関する種別を行なつており、(原審乙第二号証参照)、斯る個別商標の保護を受けるに関し、引用A商標の連合商標としては蹴り合い理論によつて登録され得ないので、独立の登録商標の形で登録をしてもらうより他手段がなかつたのである。
原判決の背景に以上のような事情が存するとしても、引用A商標「パール」の前または後ろに「ワイキキ」のような産地表示、「デラツクス」とか「スーパー」のような品質表示を単に結合せしめたにすぎない商標は、依然引用A商標「パール」に類似するものと判断されなければ、昭和十一年に「パール化粧品」を発売して以来、戦争中一時中断の時期があるとしても、過去四十有余年に亘つて、営々築き上げてきた上告人会社の「パール」商標に化体されたのれん(信用)は有名無実のものに化してしまうことゝなり、商標法第一条の精神は根底から没却されてしまうことゝなる。
尚、原判決が列挙している登録例の中で、「パールスター」は、「パール」と「スター」が結合することにより、「真珠(のような)星」という新たな観念が生じており全体として不可分一体のものと把握できるから、もはや「パール」とは非類似であると解し得る。また、「パールゲン」、「モンパール」、「ジヤンパール」は意味不詳の「ゲン」、「モン」、「ジヤン」と一連に結合した結果、もはや「パール」の称呼・観念は全体の中に埋没してしまい、全体として一連不可分な造語と認識され、これまたもはや「パール」と非類似であることに疑いがない。しかしながら、本件商標「ワイキキパール」は、産地表示たる「ワイキキ」と真珠の観念を有する「パール」とが依然個別に認識され、かつ、両者の結合に特別の意味を見出すことはできないし、結合した結果熟した語が形成されているともいゝ得ないから、不可分一体に把握認識されるとはとうてい言い難く、単に「パール」と認識される可能性が大きい。さらに、原判決は『上告人が有している「パールマン」、「パールガール」、「ミスターパール」、「ミセスパール」における「マン」「ガール」「ミスター」「ミセス」は用途区分を表示するものであり、それ自体識別力がある語とはいえない。』と述べているが、「ミス」「ミスター」「ミセス」「マン」「ガール」等は参考資料5~15に示す如く、特許庁において、単独で識別力ありとして登録されており、少なくとも産地表示であること明らかな「ワイキキ」の場合と同列に論ずることはできないものである。
叙上のとおり、原判決は、商標法第四条第一項第十一号の規定の適用を誤り、商標法第一条の精神を没却する違法な判決であり、破棄されるべきである。